映画「アート・オブ・ラップ( 原題 : ART OF RAP )」
日本でも「高校生ラップ選手権」や「フリースタイル・ダンジョン」などの影響により、空前のブームになっている「ラップ」。ただ、厳密にラップというものを理解している人はいるのだろうか?
この作品は西海岸HIPHOPのパイオニアICE-T自らが「そもそもラップとは何なのか?」という疑問を、ベテランから現在も第一線で活躍しているアーティスト達へインタビューして回るドキュメンタリー映画である。
出てくるアーティストがかなり豪華なので、元々HIPHOPが好きな人にとってはかなり面白いだろうし、全く興味の無い人にとっては「そんなことを考えてたんだ!」と興味深い内容だと思う。
1人ずつ紹介しようと思ったが、なんせ総勢40人近くのアーティストにインタビューしているので、個人的に印象に残ったアーティストを順不同で紹介していこうと思う。
そもそもHIPHOPとは何なのか?
例えばCDショップやレンタルの店に行くと、そこには「HIPHOP」だったり、同じアーティストでも「ラップ」というカテゴリーに入っていたり、そのアーティストのジャンルが「ラップなのかHIPHOPなのか」よくわからない事がある。この疑問に分かりやすく答えてくれているのが、HIPHOPの始祖とも呼ばれるアフリカン・バンバータだ。
アフリカン・バンバータ
HIPHOPの名付け親であるアフリカン・バンバータは「皆ラップのことだ思っているが、HIPHOPはムーヴィメント全体を指す言葉」だと言う。B-BOY(B-GIRL),DJ,MC,グラフティーライター、彼らを結ぶものこそが知識=HIPHOPと言うそうだ。
HIPHOPとはクリエイティビティーな音楽である
HIPHOPは非常にクリエイティビティーなものである。それはHIPHOPが誕生した背景が既に物語っている。
ロード・ジャマー (ブランドヌビアン)
ロード・ジャマーはHIPHOPが生まれた当時の時代背景について「当時のアメリカ経済のせいで教育費が削られ、ある日突然学校から楽器類が消えた」と振り返り、「それまで楽器を演奏する黒人も珍しくなかったが、楽器が消えてしまった中で、唯一音楽を奏でていたレコードプレーヤーを音楽に変えたんだ」と語る。
つまり、HIPHOPは制限された環境の中で発揮されたクリエイティビティーという事ができる。
今でこそ打ち込みによってゼロからトラック(ラップを乗せるメロディー)が作られるが、当時のHIPHOPは「2枚使い」と言って、同じレコードのボーカルが無い部分を繋げたビートの上にラップを乗せていた。更には、レコードからドラムパートやギター部分だけを抜き取って、オリジナルのビートを作ったりする「サンプリング」という手法も確率した。
それもこれも楽器が無かった時代に、音楽を楽しむ為に貧しい黒人達が創意工夫を凝らした結果なのだ。
グランドマスター・キャズ
「HIPHOPは発明では無く蘇生」だと言うキャズ。HIPHOPはジャズやブルースなど既成の楽曲を利用しているからである。この言葉には先人へのリスペクトが感じられ、印象に残っている。HIPHOPとは決してゼロから生み出されたものでは無いのである。
ラッパー?MC?
さて、HIPHOPの始祖アフリカン・バンバータの言葉を思い出して欲しい。
「B-BOY(B-GIRL),DJ,MC,グラフティーライターを結ぶ知識がHIPHOP」である。
B-BOY(B-GIRL)とは、ブレイクダンサーの事である。DJとは音楽を流す人である。グラフティーライターとは、壁にエアゾール缶でアートを描く人の事である・・・。ではMC=ラッパーという事なのだろうか?
ビッグダディ・ケイン
ビッグダディ・ケイン曰く、簡単な韻さえ踏めれば誰でもラッパーらしい。しかしMCと呼ばれる者は、パーティーを仕切る才能か、リリカルな感性が必要だと言う。
またビッグダディ・ケインはICE-Tから「新人ラッパーへのアドバイスは?」と聞かれ、オリジナリティーや個性を持つことの重要性を説いている。「流行を追いかけてはいけない。流行はいつか必ず廃れる。ノリの良いビートとフック(サビ)に頼った曲を作って誰が得する?プロデューサーだよ」と。
作詞法について
バンドなどとは違い、ラッパーになる為に必要な道具は何も無い。つまり誰もが有名なラッパーになるチャンスはあるということだ。しかし、エミネムをはじめ今尚第一線で活躍しているラッパー達は他のラッパーと何が違うのだろうか?どうやってオリジナリティーを出しているのだろうか?
ラキム
インタビュワーのICE-T自身が影響を受けたというラキムは、音楽を小節に区切って歌詞を書くそうだ。具体的にはまず紙に16個の点を書く。これは16小節の歌詞を書くという意味で、そうするとラキムの目には4小節の中にグラフの様なものが見えるそうだ。ラキム曰く「ビートが完璧なら据え置きの利かない完璧な言葉がハマる」。
また、名曲についてはこうも語っている。「5歳の頃の曲なら5歳に戻る。名曲というのは記憶を刺激するもんなんだ。」
エミネム
韻を最初と最後で挟んでサンドウィッチにしたり、文末では無く真ん中で踏んだりと、複雑な韻を踏むエミネムだが、常にどう言葉を捻ろうかと考えているらしい。言葉のパズルを解く感覚が好きだという。若干の違いはあるものの、言葉をパズルのように認識している点では、ラキムとエミネムの作詞法は非常に近い。またエミネムは嘘か本当か分からないが「朝起きると、自然に出て来る」とも答えている。
作詞法で言えば、このインタビューに出てきた多くのラッパーが紙に書く派で、フリースタイルに定評のあるエミネムも同様に「紙が無ければ手に書いて、あとから紙に写すんだ」と答えている。
そういえば、「人生をラップに掛けようと決めた矢先に、プルーフから『ヨーク・ザ・ジョーカー』のテープを聞かされて、その衝撃で一夏ラップが書けなかった」とエミネムに言わしめたトレッチもインタビューでこんな事を言っていた。
トレッチ
「書き留めなきゃいい物は作れない。コンセプトに沿って組み立てるんだ」と。
「即興派のMCのライム(韻)は実際その程度にしか聞こえない」という発言も、彼が如何に歌詞に拘っているかが分かるだろう。
チャックD
社会派として知られるチャックDには、作詞の際に独自のメソッドがあるらしくそれに則って作詞するそうだ。しかし、何よりも印象に残ったのは、「最もシンプルな部分が一番評判になる」という発言だった。
また、チャックDもリスペクトするオリジネーターの1人、メリーメルも同様の発言をしている。
メリー・メル
「俺のラップの秘訣はシンプルにすることだ。だから深読みはするな」
ダナ・デイン
ダナ・デインもまた個性的な作詞法で「ビートには合わせずいつも同じリズムで作詞している」そうだ。また、先に結論を決めてから序論・本論・結論を組み立てるという小説家のような作り方である。
チャックDやダナ・デインのようなロジカルに作詞するラッパーがいる一方でそれとは真逆な人間もいるのがラッパーの面白いところである。
イモータル・テクニック
イモータル・テクニックは歌詞を書く時には敢えて飢餓状態になるらしい。その他にも直前に筋トレやボクシングをすることで血の巡りを良くして戦闘モードになるという独特の作詞法である。
「喧嘩をするわけじゃないが、(リリックを書くこと)は精神的な闘い」という言葉は、如何にもバトルからキャリアをスタートさせた彼らしい。
ラス・カス
作詞する時の環境で一番インパクトが強烈だったのがラス・カスだった。「なぜか分からないが中学生の頃学校の机を盗んだ」と話し出すラス・カス。勉強机に座ると学校にいる気分になり集中できるという、何ともかわいい理由だった(笑)。ただ、現在は仕事であちこち飛び回るようになり勉強机では書いてないそうである。
ラス・カスだけでなく、ラッパーにとって作詞する環境は非常に大切であり、他にもエミネムやイグジビット、グランドマスター・キャズらも、何より歌詞を書き留める事を優先するという様な旨の話をしている。
声について
ラップではリリック(歌詞)と同じくらい「声」も重要になってくる。幾ら歌詞が凄くてもそれだけでは差別化するには不十分なのだ。
チャックDがメリー・メルを「偉大なラッパー」と呼ぶ理由の1つに「声がクリアだった」というのが挙げられる。当時は音響が悪かったせいで、ほとんどのラッパーが何を言っているのか分からない中、メリー・メルの声はハッキリと聞き取れたらしい。チャックD曰く「使っているマイクは同じだったが喉だ違ったらしい」との事。声はそれだけで武器になるのだ。
ソルト・ン・ペパ
「声を探るのが大変だった」と話すのはソルト・ン・ペパである。「ビートと合わせてしゃべるだけじゃなく、アーティストはどんな声でどんな歌い方をするのか決めて、他の女性アーティストと差別化しなければならなかった」と当時の苦労を語る。
MCライト
そのソルト・ン・ペパの曲で何ヶ月も練習したというのがMCライトである。彼女も同様に発声に苦労したらしく、「フルフォース」のメンバーのお父さんから毎週土曜日にレッスンをしてもらっていたという。
もともとか細い声だった彼女が力強い声を手に入れるまでは相当努力したようだ。
Bリアル
高音ヴォイスが特徴的なBリアルだが、彼もまたその声を手に入れるのには相当努力したようで、完成するまでに数年を費やしたそうだ。
HIPHOPの役割とは?
メリー・メルは「第一線の人間には責任がある」と言った。
バンB
「皆な成功した話ばかりするし、周りもそれを聞きたがるが金の為に犯した悪事の事は言わない」と話すのはバンBである。バンBの発言に対し、ICE-Tも「人生には経験した事がある者にしか分からないB面というものがあるが、そのB面が滲み出ない奴は偽物だ」と断言する。
NAS
稀代のリリシストと評されアーティストとして名声を得ているNASは「(それでも)敢えて腰履きをする理由はお堅い奴らへの当てつけさ。俺は自分の出自に忠実でいたいんだ」と発言している。
その成りたちや、アフリカン・バンバータが「HIPHOPは知識だ」と言っているように、HIPHOPはただの音楽ジャンルでは無い。バンBやNASが語っているように、自分の境遇や自分の街の声を代弁して社会に伝える事こそが、本来のHIPHOPの役割という事なのだろう。だからこそHIPHOPはここまで力強く、社会に影響を与えるものへと成長したのだろう。
スヌープ・ドッグ
「HIPHOPというアートを俺たちは愛している。君も愛を持って大切に扱ってくれ」
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません